ペルリ的な何かなブログ

Simutransとかいろいろ自由気ままに書き散らす

名無しの開発記#03について

昨日に引き続いて名無しの開発記の解説というか補足というかをこの時間に

今回は貨物回な第3回です

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前半はNSの参加報告を兼ねて最近のNS事情に触れつつ、本編はスタートした貨物輸送の様子です。

基本的に今回の開発は動画にして遊ぶのが一つの大きな目的なので、見栄えをある程度考えている開発です。そのため産業直結やらある程度の手植えをしながらとなっています。

自動車を作っているのは今後の産業展開を視野に入れているためだったり。

 

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↑広島の炭鉱の様子

広島の炭鉱はあちこちに立坑があって、各所から掘り出した石炭を貨物駅に運ぶためにトロッコのようなものが走り回っているイメージだったのですが、全くの別物になってしまいました。

本当はズリ山(ボタ山)とか炭鉱住宅とかそういうのもほしかったところなのですが…

軽便をちゃんと導入していればもっと別のものが出来上がったと思います。

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↑動画を投稿したあとに宇品の港も改装して地元釧路にある石炭埠頭をイメージしたものにしてみました。

露天掘り炭鉱を設置してそれらしく見せるとともに、将来の石炭需要に応えるべく生産能力を増強しています。

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過去の記事でも触れた西都にある製鉄所です。

よく木更津の製鉄所を上空から見たりしてたので、サクッとこんな感じで作りました。

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鷹ノ巣自動車工場です。この回のテーマとして工場をいかにデコレーションするかというところがありまして、工場の建物の表現の研究を兼ねています。

 

 

名無しの開発記#02.5について

そのまま第2.5回の紹介を

www.nicovideo.jp

今まで白馬sideに存在した何とも言えない私鉄を大改造して阪急電鉄的な私鉄を作りました。

3複線と西宮北口の平面交差をやりたいためだけにサクサクと線路を敷いてサクサクと沿線の開発をして時間をかけてダイヤ調整をしました。

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↑作りかけの西宮北口こと苫小牧南口駅。案外このマップは北海道的な地名が出てきます。

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↑完成した苫小牧南口駅。車庫がない以外はそれっぽくなってる?

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↑おなじみ3複線区間。並走が楽しめるほかタイミングが良ければ3列車同時発車も見れます。

Experimentalを使わずいわゆるスタンダードでもこれだけのことができるということで2.5回でした。

名無しの開発記#02について

動画は1年くらい前なのに今更記事に起こすわけです。

第2回目はあっさり2大都市である白馬と宇佐について触れました。

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↑1940年ころの白馬市内の様子

私鉄もまだ通ってなくてすっきりした中でアメリカンな高架鉄道の運行開始ですが、線路がなかなか残念な感じです。

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↑同宇佐の様子

宇佐はもっとあっさりしています。1956年を迎えた今もですが。

 

おなじみ走行シーンは白馬から宇佐まで向かう特別急行です。

2大都市間輸送は特別急行、沿線各都市の地域輸送は普通列車と役割分担しています。

 

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↑この頃の国府津駅。まだ白馬近郊の列車が国府津と岩瀬の間を往復していました。

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↑当時の松井田駅。今の四ノ宮駅を通過する特別急行列車。

この頃はまだこのあたりも何もありませんでしたが、少し後の時代に私鉄の乗り換え駅となり一気に発展してきます。

沿線も殺風景な白宇本線の走行シーンが楽しめます。

 

Simutransの坂について 後編

さて、前編ではダブルスロープ対応とタイルハイトについて説明しました。

ここから後編の自分が一番言いたかったことです。

Twitterをはじめとして、動画やwikiまで使われている「緩急坂」という表現です。

緩急というのは緩くて急という意味で今回のダブルスロープで実装された従来よりも緩い坂、急な坂に対してちょうどいい言葉でしょう。

おそらくタイルハイト(以下面倒なのでTHと記載)が8の時、16の時にも緩い坂、急な坂という意味で使うのも適切でしょう。

 

でもよくよく考えてください。

TH=8の時の緩い坂、急な坂とTH=16の時の緩い坂、急な坂は全く別のものを指します。

具体的にTH=8の時のダブルスロープ(相対的に急な坂)とTH=16の時のシングルスロープ(同緩い坂)は全く同じものを指すのにもかかわらず、それぞれの環境では全く別のものを指します。

また、wikiでよく書かれている緩急坂対応の…という一文、一見するとわかりやすいようでわかりにくいです(サムネを見ればわかりますが)。

特に緩急坂対応と書かれたアドオンページにTH=8のアドオンとTH=16のアドオンが並んでいること自体自分としてはどうなのと思いますし。

なによりTwitterなんかではTH=8のシングルスロープのことを指して緩急坂という表現をすること自体誤解を生む表現と思いますし、TH=8のときのダブルスロープを急坂というのもTH=8という環境前提の話となります。

今一度、緩急坂、急坂、緩坂。それぞれの使い方を考え直す必要があるのではないでしょうか?

特に情報を発信する人は誤解を生みやすい表現を行っていることを忘れていないでしょうか?

一度定着して広まった呼び方は簡単には変えられませんし、正すことを必要と感じない人にとってはどうでもいいことなのですが。

Simutransの坂について 前編

毎度のことながらTwitterで呟いて火がついてそのままここのネタにするといういつものやつです。

 

さて、今回はSimutransの坂の話です。

最近のシムトラはpakごとに緩い坂だったり急な坂だったりを作ることができるようになりましたね。

  • Simutrans 120.0.1 (2014/11/17)
    loading_timeの実装が行われ、貨物の積み下ろし時間が追加されました。
    中継点などの挙動が変更され、以前のバージョンのセーブデータの一部には誤動作を引き起こすものがあります。
    気候を土地ごとに個別に変更可能になりました。
    従来のスロープに加えて、急なスロープや緩いスロープが作られるようになりました。急なものか緩いものかはpakセットによります。

以上日本語化wikiより引用。

ということらしいです。

ここで覚えてほしい用語があります。

①タイルハイト

Simuconfの中でtile_height = XXと記されています。

これが基準になる坂の高さです。

バージョン120.0.1以降のpak128や128japan、Britainなどは8

同pak64や112.3以前の各paksetは16です。

具体的な対応状況は以下のリンク先を確認してください。

Pakセット - Simutrans日本語化・解説

 

②シングルスロープとダブルスロープ

バージョン120.0.1以降は坂が1段階上がる坂=シングルスロープに加えて2段上がる坂も作れるようになりました。(※それぞれに対応している地面や道などのpakファイルが必要です)

 

そして、これらに対応した120.0.1以降、高架橋は高さが16の位置、トンネルも高さ16になる坂に建設することになりました。

例えばタイルハイトが16のpakであればシングルスロープでトンネルを作れますし、そのままの高さで立体交差もできますが、タイルハイトが8の場合、ダブルスロープで作られた坂じゃないとトンネルは作れなくなりましたし、高架橋は16の高さに作られます。

 

名無しの開発記#01について

ニコ動で気まぐれに投稿している動画シリーズの解説というか補足というかをここで記事にしていきます。

www.nicovideo.jp

 

しょっぱなからそこそこのロングランでしたね。

テーマとしては交通の発展といくつかの幹線を主軸にした国鉄とそれを取り巻く私鉄、ちょっとした産業遊びやらその他もろもろです。

NSやミニマップで鍛えた技術を発揮することもまた一つやりたいこととしてあります。

基本的にまったりplayなので数年かけて現代まで行こうと思っています。

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↑まだ単線しかなかった頃の白馬周辺

幻の複線化以前のSSが残っていました。セーブデータは上書きしてしまったので残っていません。

2大都市を2つの幹線で結んであとは適当に国鉄ネットワークを広げていくという大雑把な計画のもと、始まりました。

 

「あの時」のことを思い出して語る

時折出てくる「あの時」の話ですが、当時を知らない人がいること、当時を知っていても記憶が定かじゃなくなってきていることもあるので、少々記事にまとめたいと思います。

なお、先に断っておきますが、この記事はあの時から2年以上たった現在の自分の記憶だけで書かれています。事実と異なることも多々あると思いますので、それを前提にお読みください。

 

なにより、今となっては当時の記録が消えている部分もあるので、事実確認が取れないものもあります。

まず、原告(以下A)の主張ですが、被告(以下B)が公開しているモノに二次利用が許可されていない画像を改造して作られたのではないか?という疑惑が出ました。

その二次利用が許可されていない画像というのがサムネイルからの盗用なのではないか?ということです。

それに対してBは違うと主張。以後Twitterでも必死に無罪を主張していた。

Bの主張を聞きつけてTwitterで検証開始。問題のモノにAのサムネの画像が使われているか否かを調査。

その結果、サムネの画像とモノの画像は一致。またゲームの仕様上、モノの画像は本来の画像から減色されて使われていることから、サムネの画像を使っていると考えるのが妥当ではないかという結論に。

その結論をAとBの両方に報告し、当事者のみで話し合いを行うということでした。

話し合いの結果、Bは盗用を不本意ながら認めてそれまで公開していたものをすべて削除、Aも活動場所を移動することになりました。

 

自分の中で思うところがいくつかあります。これは後日冷静に考えるからこそ出せる話なのかもしれませんが。

何よりBの分が悪くなるようなことばかりやっていたので、なおさら部外者からの印象が悪くなった感じがあります。

まず、当時TwitterでBが無罪を主張するツイートをいくつかしていた記憶があります。自分はそこでこの案件を知りました。

仮に話を大事に広げなければもう少し穏便に済ますことができたのではないかと思います。(最終的には結論を報告しなければならないでしょうけど…)

そして、不本意ながら…の発言です。

画像の検証の結果、言い逃れのできないような結果となりました。検証した人も中立的に検証したのでしょうきっと。

それでも決定的な結果となってしまって、それを覆すことも困難な状況に追い込まれたわけです。

Bもプライドがあったのでしょうが、ここは一歩退いて謝れば何ともなかったかもしれませんし、謝るより潔く何もかも棄ててしまったほうがマシと思ったのでしょう。

 

ということで自分の曖昧になってきている記憶と当時から思っていることでした。

なお、再三の話にはなりますが、当時のあいまいな記憶だけでこの記事は書かれています。事実と違う点もある可能性が高いことを理解することを強制します。